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満洲の夕日 - ゆみ

2022/01/27 (Thu) 02:33:54

管理人様、皆様

是非ご協力をお願いします。

祖父が戦争で満洲に行っていました。
亡くなる前、もう何十年前の話ですが、毎晩の晩酌時に決まって「満洲のキャベツ畑の夕日は綺麗だった」と言っていたのをふと思い出し、いつかその満洲の夕日を見に行きたいのですが、どこへ出兵していたのかも今ではわかりません。

分かっているのは、終戦後山中?を歩いて朝鮮半島へ辿り着き帰国したことだけです。

どこへ行けば満洲の恐らく日本兵が見た夕日がみれるのでしょうか?
中国は近年変化をとべているようなので、まだ当時の農地が残っているといいのですが、もう知っている方がいらっしゃいましたら是非情報宜しくお願い致します。

Re: 満洲の夕日 - 管理人

2022/02/27 (Sun) 20:33:49

ゆみ様

貴重なお話をありがとうございます。

キャベツとは。既に閉鎖状態の満州写真館ですが、当時の書籍をベースにしていたため、何を栽培していたかがいまいちわからず、キャベツがあったとは大発見です

また情報ですが、申し訳ないです、私も判らないです。
私も戦後の生まれですので、当時の体験談はいろいろ集めたかったのですが、やはり満州は広すぎて、特定し辛いですね。
夕日が見えた、地平線が見えた、というのはおよそどこでも有りえたと思います。
平らな平原に何故か温泉が湧いていたという体験談を話していただいた方も、正確な場所は判りませんが、地平線の夕日の話をされていました。
綺麗な夕日は、満洲名物という事になりますね。

現在の北朝鮮と旧満州(現在の中国)の国境は川が有りますので、おそらく38度線の米軍が居る所にたどり着くために山越えをした、というお話の可能性があります。

大勢の人が赤痢などで力尽きた引き揚げですが、よくぞ帰国されたと思います。

当時の街並み、畑は、中国が急速発展する80年代や90年代に消えていった様です。むしろそれまでは満州の名残が多々あった。列車、線路、駅、建物、そして畑が満州を引き継いでいたんですね。

他にも聞かれたことは有りますでしょうか。

いずれ満州写真館は復活させる予定です。その際にもいろいろお聞かせください。

Re: 満洲の夕日 - ゆみ

2022/03/01 (Tue) 01:10:16

管理人様

お返事ありがとうございます。
満州写真館の写真ではキャベツ畑がなかったので、もしご存知だったらと思いました。
やはり近代化で消えてしまったようだったんですね。

軍歌の歌詞や書籍にも満洲の夕日とあるので、当時の軍兵も夕日を見て一瞬だけも癒やされていたのかもしれませんね。

終戦後、直ぐに現地解散になったようで、山道組みと平坦な道組と分かれたようですが、平坦な道組はその後どうなったか分からないようです。
あとは寝る暇を惜しんで、勉強?作戦?を練っていたとのことです。

それ以外は、何も言いませんでした。
きっと言えないことが沢山あって、毎晩の満洲の夕日の話に集約されたのかと思います。

満州写真館の復活心待ちにしています。
一部の写真を見ながら、祖父も似たような風景を見て軍隊の生活を送っていたのかと思うと何とも言えない気持ちになりました。


撫順関連資料 中村唯史

2021/07/30 (Fri) 10:52:17

管理人さま

はじめまして。中村と申します。

最近、撫順炭鉱の石炭とその関連製品が納められた標本を確認し、歴史的に貴重な資料と思い簡単に整理しつつあります。

その過程で貴サイトのアーカイブにたどりつき、豊富な写真のおかげでようやく撫順炭鉱の様子を垣間見ることができました。

標本について何らかの形で公表する際、サイトに掲載の画像を使用させていただくことは可能でしょうか。

あるいは、出典がありましたら、それを教えて頂けると幸いです。

Re: 撫順関連資料 - 管理人

2021/09/28 (Tue) 21:41:29

すみません、遅くなりました。
ご使用ください。

出典ですが、消えちゃってましてすみません。
ほぼ絵葉書です。

ブログ「木村秀蔵伝記」第29回掲載の件 やたけこうじ URL

2021/08/17 (Tue) 20:18:24

HP拝見にました。満州の博覧会の写真を
「木村秀蔵伝記」第29回に掲載したいのですがよろしくご検討下さい。出典は明記します。

Re: ブログ「木村秀蔵伝記」第29回掲載の件 - 管理人

2021/09/28 (Tue) 21:40:34

すみません、遅くなりました。
是非、ご使用ください。

満州唱歌 e-k-o

2021/07/18 (Sun) 15:14:01

ミニみー様
「湯崗子温泉の唄」満州唱歌の楽譜です。

湯崗子温泉のアカシヤの花 e-k-o

2021/07/18 (Sun) 15:02:06

ミニ・みー様
お久しぶりです
お変わりなくお元気ですか
湯崗子温泉のネットを見ていたら鞍山訪問された方の湯崗子温泉の写真が見れました。
100年以上の建物の対翠閣は湯崗子温泉のシンボルとして今も残っていていました。
対翠閣の奥の楽山荘の前にアカシアの花が満開に咲いているのをダウンロードしました。
湯崗子温泉に住んだ私だけが解る場所です
私が子供の時も同じ場所にアカシアの花が咲いていました
戦後私が訪問した時は全てアカシアの木は伐採してありまた、
アカシアの木は大木になりトゲがあるので伐採したのかもしれません。
懐かしいアカシヤの花です見てください。

リンクさせていただいてますが - EON/W管理人 URL

2021/04/20 (Tue) 16:35:56

ミニ・みー様
EON/W管理人です。いかがお過ごしですか。
こちらのHPをリンクさせていただいてますが、
リンク先に飛べなくなり、検索してこちらにきました。
再度リンクいたします。
お知らせにうかがいました。

無題 e-k-o

2020/07/29 (Wed) 23:50:26

ミニ・みー様

コロナウイルス感染が日に日に感染者が増え世界中大変ですね
私は87歳になりました。今年3月車は廃車にし、もうパソコンも辞めにしようかと何度も思いました。
今はコロナウイルス感染予防のマスク作りをしています。
寒い北風吹く満州ではマスクを着けて通学していました。
手ずくりではない 立体型で丸い小さい穴が鼻の頭に2こ開けてありました。思い出しながら毎日マスクの手作りミシンで縫っています。手芸が得意ですので300個以上作りました。
人様に差し上げて喜ばれています。つまらない事をを御免なさい。
コロナウイルスが収まることを願っています。

Re: 無題 - ミニ・みー

2020/08/23 (Sun) 23:37:24

返信、遅れまして大変失礼いたしました。

今年の夏は殺人的暑さもあり、くれぐれもご自愛下さいます様。


さて、確かに満州の写真でマスクの着用のものがありますね。
黑くて四角くて、口とかを覆う、そして色は黒く写っています。カラス天狗みたいな。
鼻の防寒によさそうです。

なるほど満州では鼻の穴ありというのは大変興味深いです。

ちょっと満州写真館は元サーバーがサービスを辞めてしまったので、どこかブログのサイトででも再開と考えておりましたが、その際には是非、情報に盛り込みたく、考えております。

にゃんにゃんまつり - 管理人 URL

2018/06/09 (Sat) 01:09:30

当HPの満州写真館にも取り上げましたにゃんにゃんまつりですが、なんと動画がありました。

https://www.youtube.com/watch?v=eyxpFg71i3A

賑やかで活気があって平和な光景です。

Re: にゃんにゃんまつり e-k-o

2018/06/13 (Wed) 22:39:00

管理人様

お久しぶりです。
犬と一緒に倒れて 1月から3月まで入院していました。
大分良くなりましたが背中骨折したのでまだ無理が利きません。

満州時代のDVDが昨日先輩から送って来ました。
早速見ましたら娘々祭りその他の北はハイラル・吉林・ハルピン・~営口・大連「あじあ」など鞍山中学同窓生が編集したDVD貴重な動画を見ました。お見せしたいです。

Re: にゃんにゃんまつり - 管理人 URL

2018/06/17 (Sun) 23:11:11

お体、お大変でした。
くれぐれもご自愛ください。
今から暑くなりますし、ご無理はなさいまsねにょう。

DVDとはすごいですね。
youtubeだけでなく、あの時代に沢山の動画が撮られていたことにも驚きです。
それだけ耳目をあつめた発展ぶりだったのでしょう。

大変、興味があります。

Re: にゃんにゃんまつり e-k-o

2020/07/29 (Wed) 23:22:27

ミニ・みー様
お久しぶりです。
ご無沙汰していました
久しぶり満州写真館クリックしました
昭和21年満州から引き揚げてきた日が7月26日です。
父の実家は田植えを終え暑い暑い日でした。今年も終戦記念日8月15日が近くなって来ました。当時を思い出しています。
70年以上昔の事ですが子供の頃のこと特に小学時代は懐かしいです。娘々祭りの動画と「娘々祭りの歌」ありがとうございました。

無題 - 憂國烈士 URL

2019/12/16 (Mon) 20:10:01

古本屋の常連様、こんにちは。

そういえばいつの間にかリンク切れしていた”ミニ・みーの部屋”の魚拓を見つけました。そこにリンクを繋ぎ再度、見れるようにしました。あれだけのボリュームで希少な当時の画像や材料を出していたサイトは少ないので出来ればサイト復活していただければと痛切に思います。

Re: 無題 - 古本屋の常連

2019/12/17 (Tue) 01:06:47

ご丁寧に、ご案内有難うございます。
魚拓を取ってくれていた方がいらっしゃったんですね。驚きました。

実はyahoo-BBがサービスを停止してしまったんです(ちょうど、孫が投資で大損したちょっとあと)。

なので完全に消滅してしまいました。
今度は軽いブログ系で、と思っておりましたところです。
追記したい事、追加したい写真、誤記の訂正などありますし、また復活したく考えております。

Re: はじめまして - ノロ

2019/02/14 (Thu) 16:03:47

さゆりさん、今日は。スレッドが長くなったので、上に持ってきました。

2000年ごろに阜新旅行記を書いた小林喜平さんはこの人ではないか?と思われる資料がありましたのでお知らせします。
「小林喜平」で検索すると日大歯学部教授の人と、首都大学東京の職員の人が出て来ますが、この二人は同じ人ではなく同姓同名の別人と思われます。このうち後者の人が阜新旅行記の小林喜平さんである可能性があります。

全大教(全国大学高専教職員組合)ホームページ
https://zendaikyo.or.jp/index.php?key=jo6e8y4hd-605
で、寄稿者名として出ている「小林喜平」をクリックすると下記の論文のページが出ます。直接にも行けます。
https://zendaikyo.or.jp/?action=cabinet_action_main_download&block_id=809&room_id=1&cabinet_id=17&file_id=5772&upload_id=16788

このなかに、「公立大学法人首都大学東京労働組合 書記長、首都大学東京 都市教養学部 理工学系 技術職員」という肩書がついた小林喜平氏の顔写真と、下記のプロファイルがあります。
「海外一人旅が趣味で、訪問国では著名大学散策とスポーツ観戦が定番となっている。2015年から、全国公立大学教職員組合連合会(公大連)執行委員として活躍中。」
このプロファイルの「趣味」と、小林喜平さんの例のサイトのカナダ・南米旅行記を読み比べると共通点が多いです。

では首都大学東京の小林喜平氏の連絡方法は?というと下記:
http://www.se.tmu.ac.jp/chem/Japanese/members/index.html
に首都大学東京・理学部化学科の教職員一覧のページがあり、そのなかでずっと下の方に小林喜平氏の居室番号、直通外線電話、内線番号が出ています。

問題は年齢です。成人の引き揚げ者であるお母さんの子息、小林喜平さんは現在も大学職員として勤務する年齢なのか?ということですが、全くあり得ないことではありません。1946年に23歳で引き揚げられたお母さんが日本で結婚して、やや遅い35歳の時に小林喜平さんを生んだとすれば、2019年にはお母さんは96歳ですから小林喜平さんは61歳で、定年延長で勤務されていることになります。

Re: Re: はじめまして - さゆり

2019/02/23 (Sat) 06:22:05

ノロさん
すごい!!
たくさん調べてくださり、感謝しています。
もう、小林さんと接触するのは諦めていました。
首都大学東京の職員の方なんですね!
緊張しますが、もう少し自分で調べてから問い合わせしてみたいです。


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